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ブルガリ!

ブルガリブランドの創始者である、ソティオ・ブルガリが、1884年にソティリオ・ブルガリはローマのシスティーナ通りに最初の店をオープンさせました。1905年にローマのコンドッティ通りにお店を移転し、この店が現在のブルガリの本店となっています


ブルガリの歴史

ブルガリの歴史についてお話します。

ブルガリブランドの創始者である、ソティオ・ブルガリが、1857年ギリシャエピルスに誕生します。ブルガリ家が、もともとギリシャで著名な銀細工の一家でした。歴史ある一家の中で、特に才能のあったソリティオは幼い頃から、将来を期待されて育ち父親の仕事を引き継ぎます。しかし、1876年にセルビアがトルコに宣戦布告をし、ギリシャをはじめとするバルカン半島でが、バルカン戦争が勃発した為に、安全を求め彼の一家はイタリアに移住することになります。

新たな地でも順調に事業を進め、1884年にソティリオ・ブルガリはローマのシスティーナ通りに最初の店をオープンさせました。
1905年にローマのコンドッティ通りにお店を移転し、この店が現在のブルガリの本店となっています。
ジュエリーを販売していたブルガリが、金銀細工を中心としていました。しかし2人の息子である、ジョルジョ・ブルガリとコンスタンティノ・ブルガリが、宝石を用いたジュエリーに目をむけ、製造と販売を始めることになります。現在の上品で豪華な宝石ジュエリーブランドが、この頃からスタートしました。

ブルガリの独自のスタイルが確立したのが、第二次世界大戦が境になっています。
当時、宝石界の主流だったフランス風のアール・デコやアール・ヌーヴォースタイルから脱却。
新しいジュエリー様式を発展させたきっかけが、古典主義やルネサンスにインスピレーションを受けたのが始まりと言われています。
ペンダントのモチーフの正座はギリシャ神話がルーツとなり代表作が、ブルガリ・ブルガリシリーズ、スネークリング、トウホガスラインなどがあげられます。

1932年、創始者ブルガリ・ソリティオは享年75歳で死去します。

1970年代は海外進出をスタートさせ、ニューヨークが第一号店に、その後ジュネーブ、パリ、モンテカルロなどへ店舗の出店をしました。

1983年が、新ジュエリーラインのドッピオ・クオーレが発表されます。

1984~85年が、パオロ・ブルガリがグループの会長に就任し、ニコラ・ブルガリが副会長を務めます。
フランチェスコ・トラーパニ(二人の甥)が社長に就任します。

1986~89年はミラノ、シンガポール、ミュンヘン、ロンドン、サンモリッツ(スイス)、大阪、東京、香港、ニューヨーク五番街に出店を果たします。

1989年は時計アンフィテアトロが発表され、1991年は新しいジュエリーラインのナチュラリアが発表されました。

1992年は腕時計、クアドラートが発表され、新しいジュエリーラインのスピガラインも発表されました。

1993年は初の香水、オ・パフメ、オーデコロンの発表、1994年は女性向けの香水ブルガリプールファムを発売します。ジュエリーラインではチャンドラが発表されました。

1996年はブルガリ・ブルガリの新モデルを発表し、組ひもをモチーフにしたジュエリーラインのトリカやダイヤモンドリング・コレクションなどが発表され、ブルガリ初のアクエレッリ(スカーフコレクション)をイタリアと日本で発表することになります。

1997年はXLリングのコレクション、そしてバレンテシス、トリカのホワイトゴールド・バージョンの発表や腕時計ソロテンポなどが発表されました。

1998年が、XLリングにホワイトゴールドとイエローによるイヤリングやペンダントが加わった、XLシリーズを発表します。2001年にが、ブルガリホテルズ&リゾーツの設立が発表され、2002年はビー・ゼロワンのバッグが発表され、東京・銀座店がグランドオープンしました。2004年にはミラノにホテルがオープンします。その後2006年にはブルガリホテルがバリ島にオープンしています。


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